2011年08月03日

【関東支援連合】被災地からのお礼メール

 関東支援連合の仲間たちへ、そして協力・支援して頂いている皆様へのお礼メールです!!


関東支援連合
猪苗代病院ハイパーお掃除隊にご参加いただいた皆様へ

こんにちは、みなさん。
31日日曜日のお掃除の疲れはとれましたか?

LOTS災害支援で猪苗代病院の物資支援担当をさせていただいている私ウィルソンから、今回お掃除隊にご参加いただいたみなさんへお礼の言葉を伝えたく、書かせていただいおります。

気仙沼市の港ほど近くに位置するこちらの民間病院は、ご存知のように、公立病院でないばかりに、みなさんが訪れるまでのこの4ヶ月、一度もボランティアが瓦礫よけや清掃に来たことのない病院でした。もちろん行政・社協の支援も含めてです。

2階まで津波がおしよせ、1階には瓦礫や泥、自動販売機までが飛び込み、それらを職員さんたちだけで撤去と清掃をされ、現在縮小体制ではあるのですが、ほぼ病院として機能するところまで復旧させてきました。
職員さんの中には、ご家族を失われた方、自宅や車を失われた方も多くいらっしゃいます。
また、入院機能がなければ行き場を失ってしまう患者さんたちも。

これらの方々を、幸い被災を免れた職員さん達で、衣類や食糧支援なども含め支えてこられた状態です。

これまでの状況を知らずに、病院を訪れた当団体のメンバーなども、あれ?意外と落ち着いてるね、という印象を受けるようですが、その一見落ち着いて見える状態までに持っていくまでには、並々ならぬ苦労があったのだと思います。

このお掃除をみなさんに引き受けていただくきっかけになったのは、「カビ」の問題でした。
極寒の3.11から、あっという間に夏の暑い盛りを迎え、気が付けば浸水した部分にカビがいっぱい…。

しかも、復旧頑張ろう!と被災直後に床を張り替えた部屋にもカビ。
このときの師長さんの落胆振りには、私も現地に行って何とかお手伝いがしたいと思ってしまいました。

みなさんがお掃除に入られた日は、すでに前週の全員継続雇用決定により呼び戻された職員さん達などで、すでに清掃も毎日行われていた状態で、もしかして現地入りを決断してくださったハイパーお掃除隊さんの仕事がないのでは?と私も内心冷や冷やでしたが…。


昨日、猪苗代病院師長さまよりお礼の言葉をいただきました。

「みなさん、とても一生懸命磨いてくれました。拭くじゃなくて、磨いてくれたんです!
自分達でも大分きれいにしたな、って思ってたのに、引き出しを開けたら泥が出てきてびっくり。
毎日仕事に追われてるだけだから、みなさんが気付いてくれなかったら、たぶん1年ぐらいそのままだったかもしれません。

壊れた引き出しなんかも家具職人だという方が、きれいに洗って、直してくれて、また使えるようになったんです!
冷蔵庫もピカピカ。床もピカピカ。
使えないから荷物置き場にしてるような部屋だったのに、これは住めます!気持ちいいです!

作っていただいた網戸も、うちの若い子達が、すごーいこんなふうに作ればいいんだーって、もの凄く感心してて。
木の香りがまわりに漂って、ほんとに気持ちいいです。
今日は寒いから窓は開けなかったけど、来週猛暑が帰ってくるっていうから、間に合ったねー、虫の心配せずに窓開けられるねーって喜んでます。


若いみなさんで他県ナンバーでこうやって何時間も寝ずに来てくれて、ほんとうにありがとうございました。

病院は自分達の家ではないので、職員に休日返上までしてボランティアに出てこいとは言いにくいところでしたけど、昨日参加した職員たちは、とても面白かった、って喜んでました。

みなさんには、本当にありがとうございました、とお伝えください。」

とのことでした。


また、一緒にお掃除した職員さんたちの先輩、支援連合さんと同じく重機も操る、病院の瓦礫除けを先導した職員さんからも、感謝のメールが届きました。

「昨日、ハイパーボランティア様が多数来て頂き、各部署で活躍頂き、有り難うございました。
結局私は消防団の活動で午後から夜中まで帰れず、直接お礼だけでもと考えていましたが残念ながら叶いませんでした。
奉仕活動の他に、使用資材の寄付もして頂いたり、畠山師長はじめ、一緒に活動させて頂いた「若い衆」も大変感謝しておりました。
あらためて畠山師長からは御礼の連絡があるとおもいますが、私からも活動して頂いたメンバーの皆様に宜しくお伝え下さるようお願い致します。」

彼は震災時、約60人の入院患者さんと全職員を避難させるまで、たったひとり最後まで病院に残り、津波がくるわずか数秒前に高台に駆け上がることが出来た方です。
直後からは所属する消防団員として救助捜索活動にあたられ、ご自身だけでも6名の犠牲者を発見されたとのこと、今もまだ休日は消防団の活動に駆け回っていらっしゃいます。

彼と似た思いを持つ若者(ハイパーボランティアのみなさん)が、被災地外から病院に来られるということで、とても皆さんに会いたがっておられました。


今回みなさんがお掃除してくださったお部屋は、カビの問題もあり、今後も簡単ではないかもしれません。
根強いカビならば、また改装工事の可能性も…。
ただ、今回民間のボランティアさんが入ってくれたことで、病院の方々が受け取る物は、目に見える物以上に大きいのではないのかな、と思います。

一見落ち着いている病院でも、つい1ヶ月前までは、エレベーターも動かず、職員さんで患者さんを抱え階段昇降を手伝っていました。
4週間前に事務机が届くまでは、看護学生さんたちは、床に新聞紙を広げて書き物などの作業をしている状態でした。
3週間前には、エアコンも扇風機もなくて、氷で冷やしたタオルで患者さんたちの暑さをしのぎ、熱中症予防を行っていました。
更衣室であった外の民家は丸ごと流されているので、今も着替えは、患者さんを受け入れられないために空き室となっている病室を使い、個人の持ち物や服はダンボールや紙袋にいれている状態です。
復旧工事も、診療や入院療養の妨害にならないよう、ゆっくり進めなければならないので、来年の3月まで続いてしまいます。

復興とは一言でいっても、道のりはまだまだ長いようです。

もしかすると、磨きあげていただいた部屋も再改装され、手作りの網戸も役目を終えるときがくるかもしれません。
でもその時には、猪苗代病院は、完全復旧・復興を果たしているのだと思います。

病院のお掃除という、一風地味なボランティア、名乗り出てくださったみなさんに、改めて心からお礼を申し上げます。
病院が元通りに近づいて行くことは、職員さんだけでなく、気仙沼市のこの地域の医療を必要とする方々を支えることにもなります。
本当にありがとうございました。

私の方で担当している医療品や備品等の支援も、多くの方のご協力を得られ、あと一歩というところまできています。
これからも、温かい目で、見守っていてください。

LOTS災害支援プロジェクト
病院担当 ウィルソン直美



posted by AOBA inc. at 09:59| Comment(0) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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