2011年05月09日

【関東支援連合】5/7 家電支援特攻隊

 スケジュール通りであれば、4月29日に持っていくはずだった家電製品.....

トラックの手配や、人員なので仕方なく延期となっていた

5月5日 昔からの仲である株式会社ノア・ロジスティック社長 野呂氏より

「Facebookとか見たんですが・・・何か手伝う事ないでしょうか・・・」と

思わず、家電を運んでくれないか?被災地六ヶ所に!!とある意味強引なお願い・・・


 「いつ行けばイイでしょうか?」

明日?行けるか?


 「ラジャ!!」


あまりにも・・・早い返答で 驚いた・・・


 聞けば、何か被災地の役に立ちたかったと言ってくれた。

感動してしまった・・・


 今回の家電製品はナント


コジマ電気
協賛!!で洗濯機5台乾燥機3台

リサイクル券等の問題もあったので、中々大変な面もあったが何とかここまでやってきた。

この事例が、1つあるだけで他の店舗でも出来易くなるだろうと・・・


 実行の日、野呂社長に富士宮まで物をピックアップしに行ってもらい 大宮駅東口のCocoloで待ち合わせ通行証を受け渡した。

 今回の家電支援部隊では、株式会社ノア・ロジスティック と 大宮駅東口Cocoloさんの協力で可能になった!!

 

 イザ、出発!!

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辺りは真っ暗、そして 一人・・・

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この任務は相当 キツイ・・です。

何せ、往復1000キロ

それも、日帰り・・・

一軒目到着:11時

梶原宅

南三陸町は壊滅的な被害を受け、殆どの生活用品は無い・・・
高台に非難しているが家電製品は殆どの人が持っていないようだ。
3軒しかない牧田で手渡した!!

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二軒目:13時

木村宅

海沿いを走り、ドキドキしながら向かっていった

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漁師の夫妻が迎えてくれた。
今度来るときは、沢山食わしてやっからなーーー!!
元気あるある

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3軒目:15時30分
連絡が入り、最後によるはずだった場所を変更。近くで引き渡す事にした!!
先ず、洗濯機を持ってきてくれる人が居るなんて信じられないといった表情。
本当に喜んでもらえました。

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4軒目:17時
佐々木宅
牡鹿半島の最南端に位置する小さな漁村だ。
鯨漁がメインで、皆生計と立てているがこの津波で全てが失われた。
高台の一部の家だけが残っている。
多くの人は、家や職場を失い 路頭に迷っている・・・
洗濯機1台がこの人たちにどれだけ役に立てるのか!!
何だか、幸せを運ばせてもらいました。

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5軒目:17時
先日、瓦礫撤去で伺った給分浜の避難所
壊滅的な状況の中、皆必死に耐えている。
若者が殆ど居ないので、瓦礫の撤去もまだまだ大変だと言っていた。

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6軒目:19時
東松島コミュニティーセンター
お年寄りが多く非難している場所、比較的街中に近いのだが海沿いの人は殆ど家を失い
この避難所での生活を余儀なくされている。
洗濯機も皆で使いまわし、まだまだ足らないだろう。

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今、被災地では物凄い格差が広がっている。

車を持っている人、洗濯機を持っている人、家を持っている人・・・

お金を持っている人・・・

日が経つにつれ、もっと格差が広がるだろう。

心に余裕がなくなったとき、隣近所との付き合いも難しくなってくるだろう。

我々が出来る事、それは力になってあげることだ

1つづつ ニーズを探りとって サポートしてあげる。

これで、また沢山の人たちに笑顔が戻った!!

ありがとう











posted by AOBA inc. at 17:08| Comment(1) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【関東支援連合】第三話 4.29運動 名づけて!!ハイパーボランティア部隊

 この4.29運動には沢山の人が携わってる。

この運動の後方支援部隊は数十人!!飲料や土嚢袋、マスク、手袋も日本各地から集まった!!

協力者一覧にのっているので、是非確認して下さいね!!ありがとう☆

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本当にありがとうございます!!

そして地元の親分が沢山の仲間を連れて駆けつけてくれた!!

関東を中心に、神奈川、千葉、埼玉、東京、栃木 本当の意味で関東支援連合としての集大成だ!!

遅れてきた仲間達も、昼前には現場に入り直ぐ作業に取り掛かった。

今回俺達が向かった先は、石巻市湊町、大街道南、明神町、大門町、松並、そして牡鹿半島の給分浜、小積浜と広範囲にわたる。

この地区は、全壊地区のため住む為にと言うよりも遺留品や貴重品、使えそうな物を瓦礫を掻き分け探してあげる事。そして、少しでも足元を良くしてあげて自分達でも時間かけて探せるようにする事。この地区を見たことのある人ならば分かると思うが、未だに船が家に突っ込んでいたり、車が突っ込んでいたり、家の中に腐った魚が想像を絶するほど居たりと・・・かなり過酷な現場だ。

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俺達も、一つずつ手探りで作業を始め膨大な瓦礫を徐々に取り除いていった。

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各現場には家主が居て、一緒に確認しながら瓦礫撤去をしていく。

 家主は、懐かしい物を1つずつ確認しながら捨てるのか保管するのか考えている。

多くの物は使えないが、その中から大切なもの1つでも見つけてあげたいと作業をしながら皆思っていた。

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 玄関先で逃げ送れて亡くなった父と母の遺品探しを手伝った、その娘さんは東京で仕事をしていたため被害には遭わなかったがやりきれない思いが俺達にも伝わってきた。

家紋の入った、喪服・・・

思い出の写真・・・

干してあったお母さんの洗濯物・・・

貴重品が1つも見つかってなかった為、庭先の屋根の下にあるかも知れないと

屋根を重機で引っ張り起した

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屋根の下にも瓦礫が山のようになっていて、1つずつどけていった。

「これか?これか!! あったぞーーー!!」と黒い手提げ袋を探し当てた!!

娘さんは、何とも言えぬ喜びの声と、母への思いが入り混じって複雑な表情をしていた。

1つ1つ思い出がある 

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他の現場も、同様家主さん達が思い出の品を見つけてもらったことに喜びを感じていた。

もう、この家には住めないが1つでも持っていたいと・・・

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現場はトータル22箇所、1つ終わり皆が駆けつけ、最後には力残った者達で

家に突っ込んだ、車を引っ張り出した!! 正に ハイパーボランティア部隊

良く聞くと、この車は流れてきて誰のものか分からないらしい・・・

それも、スッポリと置くの倉庫入り口に突っ込んでいる。

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男10人がかり、この車を引っ張り出す事にした。

ウィンチも用意し、街では全く使えない!!ハマー

ここで、大活躍!!

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ハンドルロックがかかり、タイヤが曲っていたため出すのには車を横に動かしながら作業しなくてはならない、角材や鉄パイプで車を押し上げ、少しずつ引っ張り出した!!

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水の力は恐ろしい・・・車の後ろにある船も見えるだろうか?

家に、突き刺さってました・・・

午後17時予定よりも1時間遅れて作業を終了!!

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給分浜、小積浜の現場は、バイク部隊と株式会社ディライト 高橋社長部隊!!

5月3日まで滞在し、続けて瓦礫撤去をやってくれました。

 激務にも関わらず、皆 不思議な満足感と連帯感に包まれていた。

少しでも、役に立てたと

 未だに、我々ハイパーボランティア部隊が入った場所には通常のボランティアが入っていません。

遺留品探しをしたくても、瓦礫が邪魔だったり、危険で中まで入る事が出来ません。

SOS出していますが、人手不足のため 後回しにされているようです。

我々が作業した地区には、ボランティアの姿が見えませんでした・・・

何処に?


メディアでは、ゴールデンウィーク中ボランティアが殺到するので締め切りをしたそうです・・・

それは、行政側、団体側がハンドリング出来ない為、だけに・・・制限したのです。

本質は何処にあるのか?

それを、どうやって形にし 実行に移すのか?



今、正に民間のボランティア団体が動くべきです。

出来る事は沢山あります。

そして、これからも長く続くであろう復興に関わって欲しい

SOSは未だに送られてきています。


何が出来るのではなく、アクションを起こす事


そして、実際に行って見て被災地の人たちと接点を持つこと。


引き続き、我々は支援し続けて行きます。



最後に・・・

 この4.29運動を実行するに辺り、沢山の方々の協力がありました。

HOLY’Sの皆さん、マーボー、そして仲間達、ハマーを出してくれた石ちゃん、Twitterで駆けつけてくれた人たち、ハーレー乗りケン坊さん、チームハイフィールド上野社長と仲間達、株式会社ディライト社長と仲間達、足立区チーム、荒川区チーム、大宮チーム!!書ききれませんが、沢山の勇士が集まり沢山の被災地の方々が助かりました!!!

 当初、反対意見が多数で実行に移すに辺りある意味強引に話しを進めてきました。

一般論では片付けられない、事実があるからこそ 動きました。

このままでは、何も変わらないと・・・

 帰ってきて、他民間ボランティア団体の代表から激励を受けました!!

また、参加できなかった人たちから次回是非行きたいと声をかけて頂きました!!

 反対していた、人からもメールがありました。

 「ありがとう」と




 結果、皆様のお陰で 4.29運動 は 大成功!!


そして、このアクションを他の団体にも是非やってもらいたい!!

必ず、良い結果が出ると思います。

 何かあれば、連絡下さい。

手伝います!!




posted by AOBA inc. at 16:23| Comment(0) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【関東支援連合】第二話 4.29運動 大集合か?

 眠りについたのが4時過ぎ、早々と6時30分に目が覚め当日を迎えた。

昨日までの強風もおさまり天候は晴れ、最高な支援日和だ!!

後は、どれだかの仲間が集まるかそれだけが心配だった。

朝食も済ませ、集合場所の石巻合板工業前へ

まだ、早かったせいもあり 誰もいない

この周辺は、撤去した瓦礫の集積場で大型のトラックが行き交いかなりの砂埃で世紀末さながら

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周りの工場は全て津波で破壊され、日本製紙、石巻合板工業も壊滅的状況。

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7時過ぎ、1台目!!


そして、続々と 


集まってきた!!

赤い腕章をして、猛者が集まり始めてきた!!

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集合時間の午前9時

遅れている車も10台位、バイク部隊も渋滞に巻き込まれ、集合場所を変更し直接牡鹿半島の給分浜へ向かってもらった!!

集まった、勇士!!感動しました・・・

何処からともなく、集まってくれた 勇士に感謝!!

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そして、ゴルフやスノーボードの仲間達も駆けつけてくれた!!

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沢山の勇士が集い、準備完了!!



ここからが、重要な点!!

今回、3週間準備してきた事それは、現地の人たちと一緒に動く事。

渋滞を避けたり、駐車スペースを確保したり、現場を案内してもらったりと

全て準備してきた。

 Twitterやmixi、避難所の方々にも声をかけ瓦礫撤去、清掃等の要望を募り直接手伝いに行く事を約束した。

集まった現場は大小合わせ20件以上、港全体的な清掃や、荷物の移動のみ、遺留品探し、貴重品探し、はたまた車や家の屋根を移動させて欲しいなど多岐にわたる要望を受けた。

そして、関東支援連合 4.29運動がスタートした!!





posted by AOBA inc. at 08:57| Comment(0) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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