2011年04月03日

【関東支援連合】最終話 南相馬市支援の方々と今後の事

 第二回支援隊の南相馬市支援最終話

南相馬市は今、俺達一人ひとりが力を合わせ守っていかない限り先が見えない。

物流が完全に止まっている限り、そして人々が安心して戻ってこれる状況にならない限り変わる事はない

南相馬市原町第一小学校には4月1日現在136名の方が避難している、津波で家が流されたわけではなく、地震で家が倒壊したわけでもなく、強制的に避難させられている人達の現状を俺達は伝えたかった。

そして、これから少しずつ避難生活に疲れた人達が仕方なく放射能と向き合って限界ギリギリの生活をしなくてはならない。

福島第一原発・・・

東京埼玉、俺達が住んでいる街はほぼ全てこの原発からの供給なのを知っているだろうか?

計画停電のあなたのその地域は正にここから電力を供給されている。

CMで流れる「節電しよう」は 電力が供給できないから

もし、被災者の為と訳の分からない理由で節電していたら

関係ないので、止めて欲しい

経済を回して欲しい

被災地を回り、現地の人達に会って話して思った。

俺達よりも、もっともっと元気に未来を見ている。



第二回 南相馬市支援部隊は「SWP支援隊」「中川自警消防団」「田村時計工作所」「pit in higuchi」の協力で行う事が出来ました。

「SWP支援隊」
プロサーファー 有本 圭 率いるサーフショップ、サーファー、辻堂、鎌倉の沢山の人達からの支援物資をここから提供致しました。
沢山の思いを載せて、任務完了!!皆様に宜しくお伝え下さい!!

「中川自警消防団」
私自身所属し、副団長として活動しています。今回は、消防活動に必要な軍手等を物資支援しました。

「田村時計工作所」
今回の特攻隊!!そして、昔からの仲間 田村豊、突然の誘いにも快く引き受けてくれ危険な地域にも関わらず参加してくれた。
そして、今回の交通費、経費等は全て田村時計工作所から協力して頂きました!!感謝です!!
社長ありがとう!!

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「pit in higuchi」
さいたま市を代表するハーレーダビットソンのディーラーであり、幼馴染、日用品を沢山買ってくれました。ありがとう!!

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支援物資は、あるところには有り余るほどある状況だ。
しかし、ないところには全く無い

この情報や感覚は、自ら行動しなければ伝える事が出来ないしコーディネートも出来ない。

俺達は、この感覚を自ら感じ取り皆にこれからも伝えたいと思う。

南相馬市は、これから出戻りの被災者が続々と避難所に集まるだろう。

物資の供給がこれから必要な場所だ。

家に戻る事も出来ない人々に引き続き支援が必要、そして俺達は国や行政に訴えかけなければならない

さすがに、あの現場を見て動かないのはアホだ。

4月9日にまた、南相馬市に入る

このブログを見て、何か感じた人は一緒に行こう!!

そして、伝えて欲しい

目に見えない、無味無臭の放射能に汚染されつつある南相馬市を自主避難じゃなく、国が補償し移転出来る様に訴えかけたい。

皆の力をこれからも貸して欲しい

お願いします。

そして、第二回南相馬支援隊 終了

ではなく、第三回目の準備に入るのでした!!

さて、次は あなたに手伝ってもらいますよ!!

物資を送られる方は、下記を参照下さい。

物資搬入先
南相馬市東北地方太平洋沖地震救援物資受付センター(相馬市総合地方卸売り市場内)
〒979−2522
福島県相馬市日下石鬼越迫101
電話:0244−24−5262


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posted by AOBA inc. at 18:02| Comment(0) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【関東支援連合】第三話 南相馬市と目と鼻の先

 避難所に皆から預かった物資を手渡し、俺達は今起きている南相馬市の現状をこの目で確認したいと思い海岸沿いから原発20キロ圏境まで向かう事にした。

 街は閑散とし、マクドナルド、モスバーガー、ココス、うどんや、コンビ二、スーパー、全てが閉まっていた。石巻や名取と違う点はお店の中の物資がそのまま陳列されたままの状態で、本来であれば直ぐにでも開店出切る状況が何かを強く感じさせた。

しばらく、進むと海岸沿いに着いた

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写真だと臨場感は伝わりにくいが、紛れもなくここは人々が暮らしていた場所だった。

津波の被害の大きかった北部とは裏腹に、まだ手付かずのまま、自衛隊、警察車両も見かけることはない

地元の人達二三名が家が建っていたであろう場所で何か残っていないか探していた。

海沿いを走る事数分、海水の溜まった田んぼに十数名の警察官が防護服を着て亡くなった被災者を探していた、果てしなく広がる津波に飲み込まれた現場を過酷な状況の中淡々と仕事をしている。

今回の大震災以来、彼達には、本当に感謝している。

そのまま海沿いを直進しようとしたが、橋が壊れ通行止めとなっていた。

国道6号へ戻り、南下した


小高い丘を越え、しばらくすると左側にセブンイレブンがある。

当然閉店

そのまま通り過ぎ

畑の先に通行止めの標識が立っていた・・・

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交差点の信号機は当然のことながら、点滅していない 不要だから

交差点の先は、原発から20キロ圏

目の前に沢山の家があり、地震の影響もさほど受けていないと確認できる。

戻りたいけれど、戻れない人達の悔しさや何ともいえない感情が先ほどの避難所の空気だったのだろう。

つづく


posted by AOBA inc. at 15:30| Comment(0) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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