2011年04月02日

【関東支援連合】第二話 南相馬市の避難所へ

 

南相馬市役所に到着

何をしに行ったかと言うと、南相馬市長に会うためだった。

メディアに出ない南相馬市の現状を伝えたかった。

しかし、残念ながら不在

俺達は、本来目的 避難所へ直接物資を届けること、そして皆から集めた心のこもった一つ一つの気持ちを避難所の方たちに届けに来たのだ。

避難所の場所は、市役所の南数百メートル

原町第一小学校



この避難所を教えてくれた仲間によると、90名弱が避難しているとのことだったがさいたま市や東京、栃木に避難していた人たちが出戻り、4月1日現在で136名となっていた。

海沿いの津波被害とは別に、原発から20キロ圏の強制避難で出された人が殆どで原発の影響がある前までは普通に生活をしていた方々だ。

家に帰れば、全てあるのに 戻る事も出来ない

とても辛い現状が目の前にあった

避難所の受付を通し、俺達は皆から集めた大事な大事な救援物資を手渡してきた。

今回の物資大半は湘南辻堂で活躍しているプロサーファーの有本 圭氏が率いる「SWP支援隊」が集めた物資。地元のサーファーや、サーフショップ、twitterを通じて知り合った方々の気持ちが入っている。

彼女達は、市の職員

マスクをし、深々と帽子をかぶり、放射能を気にしているようだった。

IMG_0583.jpg

ここには、靴下や肌着、洋服、生理用品、日用品他を手渡ししてきた。

皆様ありがとう!!

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ひとつひとつ気持ちがこもっている物資を避難所に運ぶと、どんな人がどんな暮らしをし、何に困っているのかがとても分かるし、もっと何かを支援したいとつくづく思う。

皆から預かった大切な物資はこの原町第一小学校の被災者の方々に使っていただきます。

これから、まだまだ増えると予想される出戻りの人々

引き続き支援して行きたいと思います。

つづく



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【関東支援連合】第一話 南相馬市の壮絶な戦い!!

 4月1日(金)午前五時出発で目的地「南相馬市」を目指して!!

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前回の石巻と同様東北自動車道を北上し、福島西インターチェンジで降りた。

自警消防団副団長として活動しているので、高速道路は無料でパス出来る。

消防関係は●●●が暗号だ

メンバーは、田村時計工作所の専務取締役の田村 豊、そして、関東支援連合特攻隊長であり、SWP南相馬支援隊長、中川自警消防団副団長:小川大二郎の二名で向かった。

出発間近までは、危険な任務だったため一人で行く予定だったが、軽い気持ちで行くか?と言ったら、いいよ都合つけてみるって・・・・

その勇気に俺も救われた!!

自分自身、今回の南相馬支援物資輸送は石巻に行くと決めたその日に必ず向かう先だった為、心の準備も出来ていたがやはり前日は睡眠も出来ず、寝たのは出発前の一時間だった。

南相馬市へのルートは放射能の影響も考慮し、横切り近道するよりも相馬市から南下するコースをとった。

福島市と相馬市を結ぶルートは、殆ど車も走っていない。

すれ違う車両は地元のナンバーか自衛隊、そして皆マスクをしている。

少し、緊張

一時間程で相馬市に到着し、ここから南相馬市へルート6を通り向かう!!

ここまでは、普通の日常と変わらない光景だった。

しばらく走ると、「ここから先10キロで立ち入り禁止区域」と書いてあり警察が立っていた。

いつの間にか・・・・・「30キロ圏」に入っていた

無味無臭、色もなし、今影響がある訳でもなし、

それが物凄く怖かった

そして、俺達は「南相馬市役所」へ突き進んだ

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つづく






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