2011年03月29日

【関東支援連合】最終話 被災地で感じた事、伝えたい事

 俺達は、石巻市中心街へ移動し仲間から紹介してもらった、地元の被災者でありボランティア活動をしている阿部氏に会いに行った。

人手が多いのもあり、街は少しづつ片付いているが水道、ガスは未だ通っていないようだ。

早速、拠点に案内してもらうと、全国から届いた支援物資が山積みになっている。

オニギリ、靴下、洋服、缶詰等 1日で配る量だと言う

第二話でも書いている通り、殆どの被災者は家に戻り日常を取り戻そうとしているがスーパー、飲食店、コンビ二全てやっていない為、食料、飲料、衣料、燃料が無い

買おうとしても、仙台までのガソリンが無い

因みに・・・やるかやらないかわからないスタンドに2日間並んでいる状況

そして、価格を見てビックリした

ハイオク188円

レギュラー188円

軽油・・・・・・・・・・・・・・188円

便乗値上げも程ほどにして欲しい

彼らは、この過酷な環境の中一軒一軒無駄なく物資を届けている

今、正にこの状況が起きている。

まだ、しばらく続くであろう燃料の問題、生活用品の物流、インフラの整備、役所の機能、子供達の教育、保険金請求手続き等

彼は、一言

風化して欲しくないと・・・



一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月経って

忘れて欲しくない

義援金も一度だけで終わるのではなく、救援物資も一度で終わることなく、日常に戻るまで支援して欲しい、応援して欲しいと 多くのことは語らなかったが伝わった。

今回第一回目の「支援隊」、引き続き被災地の方達を応援していきます。

刻々と状況も変わり、支援物資の種類も変わってくると思います。

沢山の方の、何かやりたい、何かしてあげたい その気持ちを俺達が形にします。

行くな、行っても邪魔になる・・・

そんな、Twitterやボランティア団体が多々ありますが

行って、考えて、被災者に会って感じて、助け合って、次の事を考えて

今を動かなければ何も変わらないと本当に思いました。

まだまだ、俺達が行けていない場所が沢山あります。

是非、皆さん 行動して下さい!!アクションを起こしてください。



最後に、政府は予算編成し被災地に未だ嘗て無い予算を組む準備をしています。

政府が自ら、稼ぎ、儲けたお金ではありません。

私達、日本国民一人ひとりの税金です。

政治家は威張って、いかにも自分達が稼いだお金を出すかのように言っています。

税金なんです。

殆ど被害の無かった、東京、埼玉は消費が冷え込んでいます。

皆、自粛して経済活動を活発に行なっていません。

消費をしていません、無駄を省き始めています。

このままで、日本は良くなると思いますか?

一人ひとりが責任を持って、今こそ動くときではないですか?

先ほども述べましたが、税金です。

一人ひとりが、消費をして国の為、被災地の為に、使ってくれるのであれば

消費税を10%もしくは15%にして、経済をまわして

この危機を乗り越えましょう。

誰も、政治家が言わないので

「今こそ、日本国民が一丸となり消費税を上げましょう。国民一人ひとりの力をどうか貸してください。そして、これからの日本を皆で作って行きましょう!!」



4月1日福島に入ります・・・つづく
posted by AOBA inc. at 11:32| Comment(1) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【関東支援連合】第二話 被災地で感じた事、伝えたい事

 俺達は言葉を失ったまま・・・

ひたすら、すさまじい光景を目に焼き付けた

リアリティーの無さに、全ての感覚が麻痺していた。

東日本大震災、地震の被害よりも圧倒的に津波の被害のデカさに圧倒されっぱなしだった。

今回の目的は、避難所へ救援物資を届ける事と、避難所で活躍するボランティアや消防団にRedBullを配り応援する事、それすら忘れてしまいそうだ。

名取市については、比較的交通の便や街からも近い為、救援物資も安定していると判断し北上した。

松島を抜け、石巻市へ

友人の両親が非難していると聞いた、市立湊小学校、湊中学校へ


道中も永遠と・・・


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石巻中心街に着いたのは14時を過ぎていた

みぞれが降り始め、一層深刻さを増していた

小高い丘を登り、左手には火葬出来ない遺体が土葬されている

道にはヘドロやオイルの混じった水溜り、海のものか街の物かも区別が付かない程グチャグチャになっている道を自衛隊、消防車、地元の車が行き交い必死に日常を取り戻そうとしている。

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店には車が突っ込み、電信柱は折れ曲がり、コンビニエンスストアの入り口は全て割られている。

ishinomaki_1.jpg

港に近い、避難所付近は写真には無いが壊滅的状況だった。

避難所に到着すると、数人のボランティアが本部を教えてくれ早速物資を持って伺った

想像していたごった返した避難所のイメージとは違い、殆どの人は壊れた家に戻ったとの事

電気も、水道も、寝床も整っていない場所よりもやはり壊れていても自分の家に戻りたい気持ちが強いようだ。

避難所は中学校の4階

下は、全て津波の傷跡

校舎の中まで、車が流されてきている

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この現状を見、子供を持つ親として、これほど無力と感じた事は無い

つづく
posted by AOBA inc. at 10:59| Comment(0) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【関東支援連合】第一話 被災地で感じた事、伝えたい事

日曜日早朝大宮を出発、東北道を北上、栃木インターを過ぎ、那須付近に差し掛かる辺りから道路も少し荒れて来た。

燃料は一応満タンにしてきたが、福島以北は燃料不足と予め聞いていたので那須のサービスエリアで給油。しばらくすると、左手には雪山が・・・・

tohokujidousha.jpg

そして、雪雲が

・・・雪が降ってきた・・・

今回ばかりは嬉しくない。

しばらく走ると、雪もやみ仙台宮城インターを降りた

予想とは裏腹に一般車両が走り、打ちっぱなしで練習している空気読めないなおっさん・・・デートなのか・・・カップルの人達

頭の中のイメージと、消防団の格好で張り切り過ぎ??と何がなんだか整理がつかないまま仙台駅へ先ずは向かった。

朝も早かったからか、街は比較的静かで人通りも少なかったが食料品を求めてスーパーでは200人ほどの行列と、ガソリンスタンドの行列が出来ていた。

仙台の仲間と合流し、早速被災地に向かった

先ずは、仙台市から一番近い 名取市

仙台空港があり、TVでも放映された場所

国道を左折し、しばらく走ると先ほどまでの街の景観とは別世界が・・・

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海岸沿いからは2キロ程離れた場所だが、床上浸水し家財道具は殆ど駄目なようだ

そこからは禁止区域だが、消防団の服装で行っていたので入る事が出来た。

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何も無かった・・・無機質な物体がそこら中に

仙台の仲間は、初めて入ったそうだ

ここまで、酷いとは

TVで見る映像と実際に匂いを感じ、空気を感じ、その物体を目にしたとき

人間は言葉を失う

自衛隊が道路を整備していたからこそ、入れたが 直後は想像すらできない・・・

つづく





posted by AOBA inc. at 10:25| Comment(0) | スタッフの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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